作家紹介

アーチスト写真

生命の輝きを一刀に込める

木や石に潜む、光を削りだす

彫刻家

岸野承

KISHINO Sho

我を消して向こうに合わせていく

 2007年、名古屋の百貨店で父・忠孝との二人展が催された。岸野の作品はまるで円空のそれのように、一刀ごとにバッサリと削り取って面取りした雲水の木像、これまでのモデリングの作風とはまるで違うものだった。
「何年も寺と関わってるうちに、お坊さんの姿のような、禅の空気感があるもんを自分の作品に反映させたいと思うようになったんです。そう思って作った作品を福森さんが気に入って買ってくれはって、ずっと床の間に飾ってくれてたんですよ。『これええよな』って。そうか、これでええんやって思って、こっちの方向に行くようになったんです。福森さんにはずっと、今でもそのようにして育ててもらってます」
 以来、流木や石を拾ってきては仏僧を彫りつづけた。黙々と我を忘れて掘りつづけるうち、しだいに木や石の声に従っている自分がいることに気がついた。それは寺での修行そのもののようだった。

「禅寺では〝我を消して向こうに合わせていく〟という修行をとことんするんです。結局それはモノ作りも同じことで、自分が何かを求めてモノを作るには、自分というものを消し去りながら向こうに従うことを第一にするしかない。モノを作ることと、自分を消し去るということは相反するように思えるけど、実はそうではないんですよ。完全にそうじゃないとわたしは思ってます」
 岸野がそう断言するのは、子供時代にずっとそうやってモノ作りをしていたからだ。拾ってきた流木で、その形を生かしながら魚や蛇を作る。その体験があったからこそ、違和感なく、すんなりと〝我を消して向こうに合わせていく〟ことができた。
「これはね、モデリングのブロンズではムリなんですよ。禅を立体的に取り入れるというときには完全に合わない。作為を消して行かなあかんから。ブロンズは自分の頭にこうというのがないとできないでしょ? 禅の場合は、まずそこから離れて行かなあかんのでね」
 相手に従おうとする岸野のモノ作りの姿勢が木や石に伝わったのだろうか。やがて岸野のもとに古材が集まってくるようになった。寺の修復で出た古材を、付き合いのある職人や庭師たちが使ってくれと持ってきてくれるようになったのだ。
 そして木や石の思いは、ある日突然やってくる。

 

(作品『坐(興福寺・梅)」水墨画:岸野忠孝『山』)

人の心に寄り添う作品を生む彫刻家、岸野承さん。古材や石のかたちを生かしながら、羅漢像や仏像、鳥や母子像などを削り出すためには、我を消して相手に合わせていく必要があるといいます。慈愛に満ちた作品が生まれる背景には、どんなストーリーがあるのでしょうか。

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