悠久の時をガラスに封じ込める
先人たちの思いを未来へつなぐ
ガラス作家
有永浩太
ARINAGA Kota
ヴェネチアン・グラスの代表ともいえるレース・グラスの伝統技法をアレンジし、オリジナルの技法で創作するガラス作家の有永浩太さん。布をテーマに展開する作品に『gaze』と名付けたのは、ガラスとの不思議な繋がりがあったからだといいます。透明なガラスの中にはどんなドラマが織り込まているのでしょうか。
ガーゼの世界
吸い寄せられるように、その壺の前で立ち止まった。遠目には乳白色に見えたそれは、どうやら思い違いだったようで、間近で覗き込んでみると細い黄色のガラスの糸が透明なガラスの中に幾重にも織り込まれていた。光の加減なのだろう。中の織物が膨らみによって乳白色に発光し、やわらかい撫で肩のフォルムをいっそう円く優しいものにしている。
その向こうでは光を捕らえた網模様の壺が、足下にクリスタルの影を落としている。丸みを帯びたものも首の長いスレンダーなものも、それぞれの姿を誇るように煌めきながら、緻密に織り込まれた織物を無理やり引き伸ばし、そこに生まれる網目の妙を露わにしていた。
なかでもひしゃげたような円盤型の壺は、紋様はもちろん造形の妙にも目を奪われた。ある人はそれを見て、女性がうずくまっているような妖艶な姿だと言ったが、たしかに作品の多くが繊細でいてエキゾチックな雰囲気を醸している。
「平形というのは吹きガラスではすごく作りづらい形なんです。吹きガラスは重力と遠心力を利用して作るので、大きくなればなるほど、その影響は大きい。だから、ガラスを膨らませて均等に圧がかかる丸いものは比較的作りやすく、その丸いものを下に向けると重力で伸びて長いものができます。平たいものを作るなら、丸いものを少し上に向けて重力で下げないといけない。そうすると一番外側の径が大きくなって遠心力がかかりすぎてしまい、ちょっとでも早く回すと崩れるし、ゆっくり回しすぎるとつぶれてしまう。微妙な調整が必要なんです」
この平形の壺も構想から一年かけてようやく完成させたものだと、ガラス作家・有永浩太は言った。彼の繰り広げるガラスの世界は、どこか懐かしく、それでいて遠い未来を思わせる。繊細で優美なヴェネチアン・グラスのレース・グラスとはまた違う、軽やかな布を織り込んだ吹きガラス。伝統的なレース・グラスの技法をアレンジし、オリジナルの技法で発展させたこのガーゼ・グラスの作品群には、細やかな手仕事以外にも、まだ何かが織り込まれているような気がした。
(写真上『gaze 黄』、下『netz 黒』)