作家紹介

アーチスト写真

令和の花鳥画は豊穣でシンプル、クールであったかい

日本画のど真ん中で勝負する、現代の絵師

日本画家

中野大輔

NAKANO Daisuke

昼間は働くな、絵は売るな

 

 中2のとき、美術高校へ進もうと思い立った。選んだのは、銅駝美術工芸高校。親類のなかにこの学校を卒業した者がいたからだ。

 そこではさまざまなものを学ぶことができた。デッサンや色彩などの基礎をはじめ、グラフィック・デザイン、テキスタイル、映像、写真、からくり人形作り、漆、染色……。一週間のうち、同じ科目が重複しないほど科目は多岐に及んだ。間口の広い学びは、中野の性に合っていた。

 卒業後、大阪のデザイン教育研究所へ進む。3つの科があり、それぞれの募集定員は10数名だけだった。

 卒業を控えて進路を決めるとき、父親は、一度は就職したほうがいいと言った。息子が美術の道を志していることは知っていたが、とうてい絵で食べていけるとは思えない。それなら社会経験を積んでおいたほうがいいと考えたのだろう。

 しかし、彼は就職せず、絵の道に進むことにした。幸いにも伯父が日本画家だった。書き溜めていたデッサンを持っていくと、油絵より日本画のほうが向いていると言われた。

 当時、伯父が師事していた日本画家がいた。中野より60歳上で、日本表現派の創立メンバーのひとりだ。絵を描き始めて2年目、彼はその人にも師事することになる。

 大先生に初めて会った日のことが忘れられないという。

「前に座らせられたのですが、10分以上なにも言わず、じーっと僕の顔を見ているんです。そして言わはったことは、日中の仕事には就かんといてください。スケッチができなくなるから。それから当面、絵は売らんといてください。絵が悪くなるから。それだけを聞いて帰ってきました」

 同年代のほとんどが定職に就き、なにがしかの定期収入を得ているのを尻目に、中野はあえて荒海に漕ぎ出した。昼間の仕事に就くな、絵は売るなと言われれば、早朝か夜に仕事をする以外にない。しかも、そういう生活を続けながら絵を描いたとして、いつ光明が差してくるのか、見当もつかない。

 なんてことに挑戦してしまったんやろ。

 ふと、そんな気持ちがよぎるが、引き返そうとはみじんも思わなかった。

 朝4時半から、運送屋のバイトをし、深夜のバイトも掛け持ちしたが、数ヶ月続けると、過労でボロボロになりそうだった。やむなく朝のバイトだけにし、生活費をギリギリまで切り詰めた。

 師匠からは、特になにを描けとは言われなかった。自分でテーマを選び、何枚か溜まると持参して見てもらう。

「先生の前に手をついて、お願いしますと言って顔を上げると、2枚くらいひっくり返っている。これはダメや、ありがちや、と(笑)。何ヶ月もダメ出しを続けられたこともありました。妥協を許さない方でしたから」

 素材の扱いは伯父に、画面構成は大先生に教えてもらった。

 そうこうしながら、19歳のとき、日本表現派展に150号の作品を初出品し、いきなり入選。奨励賞も射止めることができた。

 初めての出品で150号というサイズにも驚く。

「大先生は川端龍子から大作の画面づくりを学んだ方で、大作主義でした。ですので僕も20年くらい、毎年300号前後の作品を描いていました。よほど強い思いがないと大作は描けません。心の底から描きたいというテーマじゃなかったら、数ヶ月間、苦しい思いをしなければならないし、飽きてきます。要するに、本気の1枚を描けということだったのでしょう」

 その当時のモチーフは、ラクダ、ゾウ、バイソンなど大きな動物がほとんどだった。15年くらい、ひたすら動物ばかり描き続けた。日本画の主題としては珍しいということもあったが、動物が好きで、感情移入がしやすかったのだ。

「もっとクローズアップしろ、もっと鋭角になるよう工夫しろ、画面いっぱい、はみ出るように描けと言われました。でも、やりすぎると部分図のように見えて、押し込められた感じがするんです。画面の外にまだまだ空間が広がっていると感じさせるギリギリの位置でカットするため、かなり神経を使いました。でも、それによって、画面の大半を占めるような余白とか鈍角な構図は、現代に合わないということもわかりました」

 20代の終わり頃、伊藤若冲展を見て、強い衝撃を受けた。

 その頃から、少しずつ画風が変わり始めた。それまで、動物を描くときはいくぶん絵の具を厚めに盛っていたが、油絵と日本画を混合するような手法ではなく、日本画ならではの画法を活かし、空間の扱いを見直したいと思うようになった。

 やがて、たどり着いたのが、花鳥画だった。あえて先人たちが山ほど傑作を遺した分野で挑戦してやろうと思ったのだ。

「動物を描いているときは、ずっとグレー系の色でしたが、花を描き始めるといろんな色が使えて、それだけでしびれましたね(笑)」。

 しかし、言うは易く行うは難し。ただ花鳥画を描いても、造花のようにしかならない。それを知ったうえでの一念発起だった。(右作品『十態図「駈ける」』)

いま、もっとも注目される日本画家のひとり、中野大輔さん。伝統的な花鳥画を題材にしながら、現代の息吹を感じさせる本格派です。

中野さん独自の技法や独自の創作観など、〝令和の絵師〟の本質に迫ります。

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