作家紹介

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世界へ羽ばたく、自由で楽しげな書

命が宿る〝生きている書〟

書家

齋藤 翠恵

SAITO Suikei

日本の書を世界へ

 翌15年、思いがけない話が舞い込んだ。ニューヨーク一穂堂で個展を開かないかと打診されたのだ。同ギャラリーは青野さんの娘・祥子氏が運営している。

「じつは密かにニューヨークで個展ができたらいいなと思っていたのです。ですから、そのお話をいただいた時は嬉しくて嬉しくて……」

 銀座での個展を成功と見た青野さんは、すぐさま次の手を打ったのだ。

 個展のテーマは「人、そして生きる」。あの忌まわしい出来事に合わせ、9・11の翌日に開始することとした。

 その前にセントラルパーク近くのMAD美術館でパフォーマンスを披露。「希望」「平和」「朋友」という3つの字を書いた。

 

さらに、メトロポリタン美術館のパトロンラウンジにおいて、日本文化を紹介すると銘打ち、平安のかな文字・紫式部の歌をその場で書くというパフォーマンスを行った。翠恵は紫色の着物で現れた。外国人のキュレーターも多く集まっている。たくさんの人が固唾を呑んで見守るなか、翠恵はいつもと変わらぬ物腰で式部の歌をしたためた。書を見慣れないキュレーターたちは、柔らかい筆を自在に操る翠恵の妙技に見とれ、書き終わるや、大きな拍手で讃えた。

 作品はまだ乾かないうちにキュレーターの手で学芸員の部屋に持って行かれ、半永久的に保管されることとなった。

 居並ぶ人たちは口々に翠恵の書を讃えた。漢字やかなに馴染みのない外国人に、日本文化の真髄を見せつけた瞬間だった。

 海外でのパフォーマンスはそれを機に、弾みがついた。同年12月には、パリのガレリエ・ランドローで個展を開催。レセプションでは、通りがかりのフランス人が会場に入ってきて、『慈』という作品を求めるというハプニングもあった。その人はフランス大統領官邸として知られるエリゼ宮の家具デザインを担当している人だった。

 

 海外での快進撃はその後も続く。翌年、フィラデルフィア美術館の日本館の茶室移築百周年を記念するイベントに『情』という作品を出品し、そのまま常設展示されることに。同年、タイ国王在位70周年を記念したバヤタイ・パレス・コレクション展に出品し、収蔵されることになった。

 翌年、在日アルジェリア大使館で、神を讃える言葉をアラビア文字で書き、収蔵。同年、デトロイト美術館日本館の茶室に掛ける作品『希』を書き、それも収蔵されることになった。

 

 海外での活動は、公の場にとどまらない。

 マンハッタンに自社ビルを持つ日系二世の経営者から、建物の入り口の白い壁に掛ける作品をオーダーされた。壁の大きさは、縦3メートル、横9メートル。彼女は、自分が「これは!」と思う作家と出会えるのを待っていたという。日本語は理解しないが、親から教えられた「七転八起」という言葉を座右の銘にしていたという。

 さらに2018年9月には、日仏通商160周年を記念し、南仏モンペリエにあるポール・ヴァレリー美術館でパフォーマンスを披露した。

主婦から世界の書家へ、華々しく転成した齋藤翠恵さん。清楚でたおやかな佇まいからは想像もつかない剛健な書は、女性の内面に潜む力強さからくるものだろうか。男手、女手をたくみに使い分け、生きる歓びに満ちた書を書き、新たな世界を切り拓く。

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