作家紹介

アーチスト写真

巨樹に宇宙を見た男

徹底して現場にこだわる精魄の日本画家

日本画家

石村 雅幸

Ishimura Masayuki

木魅感慕

 

ペン画と出会う

 中学時代、地図製作会社で仕事をしていた母が、繊細な線が描けるドイツ製の製図用ペンを持っていたことから、所属する美術部ではこのペンを使ったイラストを描いていた。美術教師にも画力を評価され、10点満点の課題で11・5点をつけられるというほどだったという石村が、美術系の高校へ進学したいと思うのは自然な流れである。

 しかし、わが子に苦労をさせたくないという思いの両親は猛反対。学習塾で夢を作文に書かされた時に、画家になりたいと書いたが、講師からは「そんな夢じゃ生活できない」と一笑に付された。一度夢に蓋をしていた石村が、勇気を出して正直に書いたというのに。唇を噛んだ。

 結局、都立高校普通科へ入学し、美術部へ入部。日本の公立高校では、美術と言えば油絵と相場が決まっているが、石村も多分に漏れず、油絵を描き始めた。しかし、匂いが苦手。体質に合わない。そう直感した。油絵から離れ、中学時代から描いていたペン画に再び没頭するようになった。

 現在の石村の画風を支える細やかでかつ確かな線質は、こうして鍛えられていったのだ。美術系の高校への進学を阻んだ両親だったが、図らずも母の手から石村へ渡されたのは、「ロットリングのペン」という形を借りた、画家へのパスポートだったのかもしれない。

 

日本画の品格

 雑誌『ぴあ』の表紙で有名なイラストレーターの及川正通などに影響を受けて、高校時代はペン画に没頭した。図書館では古い画集を見漁っては新旧のペンのタッチを研究する日々。そんなおり赴いた日本画の展覧会で、石村は日本画への興味を抱くことになる。

「画家の生きざまについてはすでに驚嘆し、憧れを抱いていましたが、あらためて日本画はすごいと実感しました。品格、深さ。奇抜なことをしていないのに深みがあって、知性も感じる。当時は日本画家になろうとまでは思っていなかったのですが、日本画の要素を取り入れた独自のイラストが描けるのではないかと思いました」

 高校2年生だった石村が感銘を受けたのは、動物や植物などを描き続けてきた山口華楊の作品だった。最晩年に「生命の美を描きたかった」と語っていた華楊だが、たしかに彼の作品には、品位と知性、そして生き物に対する暖かい眼差しまでもが感じられる。巨樹に魅せられ続けてきた石村が、まだ日本画を学ぶ前であったにもかかわらず、その絵に共鳴したのは、命に対する眼差しに、共通するものがあったからかもしれない。

 玉川大学芸術学科日本画課程に進学。初めて触れた日本画独特の岩絵具は石村の手におえるものではなかったという。 「最初の3年は岩絵具に振り回されっぱなしでした」

 大学では、先輩や師の描く姿から学び、自分の失敗から会得するという日々だった。世の中にはさまざまな日本画の技法書も出回ってはいるが、料理のレシピがそうであるように、配合が同じでも、仕上がるものは作り手によって大きく変わってくる。

「その人の手垢とでもいうのでしょうか。同じように調合しても、絶対に同じにはならないんです。4年生になって卒業制作に取り掛かろうというとき、どうにか絵の具を扱えるようになった、という感じでした」

 周囲の勧めもあって、四年生から院展に出品したが、2年続けて落選。大学では首席で卒業した石村だったが、日本画壇の登竜門とされる院展への入り口は、狭き門であった。

「当時は、29歳までに初入選できなければ、日本画家として生きていくのは諦めようと思っていました」

 この落選作品こそが、最初の師となる森田曠平氏との出会いのきっかけを作ってくれた(現在は伊藤髟耳に師事)。院展出品を勧めてくれた先輩が師事していたのが院展の審査員も務める森田だった。この先輩も含んだグループ展に、2度目の落選作品を出品していた際、来廊した森田が石村に声を掛けた。

「この作品、覚えていますよ。良かったら今度、私の研究会にいらっしゃい」

 当時71歳、森田の一言は、現在へ続く道筋のスタートの合図となった。 

 20年近く、巨樹ばかりを描き続ける日本画家・石村雅幸。屋外で巨樹に対峙し、1ヶ月近く写生をすることもある。樹の生き様がそのまま露わになったかのようなゴツゴツとした樹肌、大地をしっかりとつかむ生命力みなぎる根……。

 石村は、画業の初期から約10年間、古建築を描いていた。しかし、35歳の冬、ある巨樹との邂逅を得、以来、巨樹の本質をあぶり出そうとするかのように巨樹ばかりを脇目もふらず描き続けている。

 なぜ彼は巨樹ばかりを描くのか。

 巨樹を描くことはどんな意味があるのか。

 ひとつのモチーフにとことん取り組む画家の、真摯な生き様に迫る。

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