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革と革にまつわるモノ

革を通して、世の中を考えてみる

「と革」ディレクター

髙見澤 篤

Takamisawa Atsushi

 

私たちの命の源になっている「命」に手を合わせる

 われわれ人間は、なんでも食べる。特定の食べ物ではなく、ありとあらゆる命を食べることによって自らの命を維持し、次世代につないでいる。だからこそ、それぞれの土地に豊かな食文化が育まれたのだが、一方でそれによって犠牲になっている生き物が無数にいることを忘れてはならない。

「増えすぎた野生の動物は害獣として駆除され、そのほとんどは破棄されています。食肉になるのは全体のわずか2割ほどで、多少ペットフードになることはあっても、あとはすべて廃棄処分。革製品になるのは、それらすべてのうち、たった0.2パーセントにすぎません」

 革として使えるのなら、その量をもっと増やしたい。髙見澤さんは、駆除された動物たちの生きた証をわずかでも残そうと、傷ついた皮も端し切れとなった皮も、それぞれの個性を見出し、モノへと昇華させる。

「ブランド名のSix coup de foudreは、第六感でひとめぼれという意味に加え、シスは『死す』、クードは『喰う』、フードルは『フード(食べ物)』=『皮は食べた後の副産物の意』ともじっています。僕のモノづくりは、彼らが生きてきた証である角や皮などを使っていますから、ブランド名にピッタリだと思いました。ちょうどその頃、鹿の角をバッグの持ち手に使っていたことも、命名につながった理由のひとつです」

「一物全体(いちぶつぜんたい)」。ひとつの命を余すことなくまるごと食べるという、明治の軍医、石塚左玄が提唱した食養のひとつで、ひとつの命をすべて食べることによってバランスよく栄養を摂ることができるという考え。「食は本なり、体は末なり、心はまたその末なり」と、心身の病気の原因は食にあるとした食養学は、人間が健康でいるためには心身ともにバランスが取れた状態であることが重要だとした。万物はすべて陰と陽で成り立っており、物事はどちらか一方に偏るとバランスを崩し、おかしくなってしまう。現代の行き過ぎた食のあり方は、食べ物の廃棄、駆除された動物の廃棄にも現れている。

 だとすると、駆除された動物の皮も角もすべて使いきりたいという髙見澤さんの考えは、人間本来のバランス、生態系のバランスを整えるうえで、有効なヒントとなりえるのではないか。

 髙見澤さんは、駆除された動物たちに敬意を込めて、彼らの皮でつくった革を「ジビエ革」と呼ぶ。

「フランスに行ったとき、ジビエ料理が好きでよく食べていました。それをヒントに、ジビエという言葉を害獣駆除される動物たちに使おうと考えたのです。革ってどうして出来るのかと考えたら、お肉を食べるから皮が出るんですよね。それらを棄てるのではなく、何かに活用することで彼らの命が活かされる。命を大切にする、循環するって、そういうことだと思います」

 ヨーロッパでは、貴族の伝統料理として古くから食されていたジビエ。高級食材として重宝され、特別な場で供されてきたという歴史もある。その根底には、動物たちの尊い命を奪う代わりに、肉も内臓も骨も血液もすべて余さず料理し、命に感謝するという精神が流れているそうだ。

 一物全体の考え方は洋の東西にかかわらず行き渡っている。

「日本は捨てられたペットの殺処分が圧倒的に多いそうです。犬猫の殺処分をなくすための活動をされている方もいますよね」

 本来、日本には森羅万象に神が宿るという八百万信仰があり、すべての命はひとつであるという考えを持っている。食事をするときの「いただきます」や「ごちそうさま」は、いただく命に感謝するという意味があり、食べ物もどんなものも粗末に扱ってはならないという教えがある。われわれ日本人は、そのことを古より受け継いできたはずだ。

 この世に生まれてきた命に無駄なものはなく、すべての命はかけがえのない大切な命。髙見澤さんが作る「ココロ型」の財布は、そのことを思い出させてくれる。

「単に革製品を作りたいと思っているわけではないんです。モノづくりを通して世の中を考えるきっかけづくりをしたいと思っているのです。もちろん、僕の考え方を押しつけるつもりはありません。人間の都合で多くの野生動物が殺処分され、そのほとんどが廃棄されている。であれば、少しでも彼らの生きていた証を残そう、有効に活用しよう。その方法として、こういうものはいかがでしょうか、と選択肢を提案したいのです」

 モノにあふれた現代において、意識の高い人たちを中心に、モノの見方が変わりつつある。数ある選択肢の中で彼らが手にしたいと思うのは、単なる物質としてのモノではない。そのモノが生まれた経緯、背景、物語、すべてが渾然一体となって出来上がった、魂をもつ生き物のようなモノ。共に過ごせば過ごすほど、味わい深く、ふつふつと愛着が湧いてくるような、体の一部になるようなモノ。ほんとうにいいと思う、唯一無二の、自分だけのオリジナルになりうるモノ。

 その証拠に、ひとつとして同じものがない髙見澤さんのジビエ革製品は、国内外で注目を集めている。

 傷だらけのものや欠けたもの、穴ぼこ、つぎはぎ、ザラザラ、すべすべ……。髙見澤さんの手から生まれた新しい命は、それぞれが行きたいと思う人のもとへ旅立ってゆく。

料理人が集まるかっぱ橋道具街からほど近い路地裏にある、小さなギャラリーショップ「と革」。店主でありディレクターの髙見澤篤さんが作る革製品は、害獣駆除などで捕獲された鹿や猪、熊などの革を使ったもので、ひとつひとつにコンセプトとドラマがある。本来であれば捨てられてしまう皮や角なども、命を余すところなく使いきってあげたいと「ジビエ革」と名付け、愛おしむように革製品を作り続ける。

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