美しい日本のことば

行合の空

2021年8月30日

 季節の移り変わりをいち早く教えてくれるのは空でしょうか。とりわけ雲は季節を先取る名手。澄みわたる空の彼方と此方の雲が行き合う姿、夏の終わりと秋の始まりを表した空模様が「行合の空(ゆきあいのそら)」です。
 
 ―― 夏衣 かたへ すずしくなりぬなり 夜やふけぬらむ ゆきあひの空(慈円)
 
 空の上で夏と秋とが行き合う夜は、片袖だけがひんやりする。冷房の効いた今の夏にはなかなか難しいかもしれませんが、意識すれば慈円のように肩を叩く季節を感じられるかもしれませんね。

 

 それが無理でも、季節の行き合う空が教えてくれます。
 地上からほど近いところでモクモクと湧き上がっている入道雲と、その先で海の中を泳ぐ魚のように悠々と空を泳ぐ鰯雲。夏と秋との出会い頭で生まれた小さな魚は、やがて輝く鱗をもった大魚となって秋空を渡ってゆくのでしょう。

 

 ――夏と秋と 行きかう 空のかよい路は かたへ涼しき 風や吹くらむ(凡河内躬恒)

 

 空の道で夏と秋とがすれ違う。そのすれ違いざまの片側に小さな涼しい風が吹いて、新しい時がきたことを知らせます。
 空で季節が出会うように、地上でもさまざまな出会いがあり、新しい出会いは何かが始まる予感がします。行合いの空の下では、どんな出会いがあるのでしょうか。
(210830 第96回)

著者:神谷真理子

兵庫県姫路市出身。もの書き。
Chinomaサイトの「ちからのある言葉」、雑誌『Japanist』取材記事、保育園幼稚園関連の絵本など執筆。詩集『たったひとつが美しい』(神楽サロン出版)

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