美しい日本のことば

夜の秋

2021年8月23日

 秋の夜ではなく、「夜の秋」。秋とは言っても夏の季語で、夏の終わりに感じる秋の気配を俳句の世界ではこう表現するのだそうです。

 

 ―― 涼しさの肌に手を置き夜の秋 (高浜虚子)

 

 立秋をすぎた辺りから、なんとなく朝夕に変化を感じることがあります。心なしか空も遠くなったような、ひと雨ごとに風も涼やかになってゆくような……。

 

 夏の暑い最中にも、秋は涼しい顔をして近づいてきているのでしょう。どんなに技術が発達しても、自然の移ろいは今も昔も変わりません。先人がそれと気づいた5日ごとの自然の変化は七十二侯という時候で示されてはいますが、よくよく目を凝らし、耳をすませば、「おや?」と違和感を覚えることもあります。

 

 天気によって気分が変わるように、人の気分も朝と夜では違います。朝よりも夜のほうが感じやすいのも、視界が閉ざされる夜は他の感覚器官が敏感になるからではないでしょうか。それは動物の本能がちゃんと残っているという証。夏という季節の帳に涼しい秋を感じたら、「秋の夜」もすぐそこに。時には煌々と照る電気を消して、月の夜に思いを馳せてみるのもいいですね。
(210823 第95回 絵:上村松園「待月」)

著者:神谷真理子

兵庫県姫路市出身。もの書き。
Chinomaサイトの「ちからのある言葉」、雑誌『Japanist』取材記事、保育園幼稚園関連の絵本など執筆。詩集『たったひとつが美しい』(神楽サロン出版)

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