美しい日本のことば

柄杓星

2021年8月15日

 天の中心を示すかのように、北の空でひときわ大きく光輝く北極星。天空のすべての星を支配し、宇宙を司る天帝として不動に鎮座するその星の側で、帝を守るように周囲を巡っている北斗七星。この星の和名が「柄杓星(ひしゃくぼし)」です。

 一年を通して見られる北斗七星の見方は場所によって熊や車とさまざまですが、日本人には柄杓の方が馴染みがあるような気がします。

 そもそも北斗の「斗」は柄杓の形から生まれた象形文字。一斗缶で知られるように、「斗」は杓で測った容量の単位です。
 
―― 柄杓にて白湯と水とを汲むときは 汲むと思はじ持つと思はじ
 
 茶の心得「利休百首」にある柄杓の作法のひとつ。柄杓で湯や水を汲むときは、「水を汲んでいる」「柄杓を持っている」と思わず無になることが大事だと説いています。
 

 茶の湯は宇宙を表現しているとはよく言われることですが、仏教伝来のお茶は陰陽五行説や易などの道教に通じ、道具やその配置は木火土金水の太極の世界をあらわしているそうです。木の茶入と茶杓、火の炭、土の茶碗、金の窯、水の水差し。左側は陽の火と金を、右側には陰の木と水を、その頭上で北斗七星である柄杓がぐるぐると巡りながら陰陽を和しているのだとか。
 

 寺社仏閣の手水舎に欠かせない柄杓は心身を清めるために、打ち水に使われる柄杓は暑さを和らげるために。天空の守護神は、地上でも涼やかに心を沈めてくれるようです。

(210815 第94回)

著者:神谷真理子

兵庫県姫路市出身。もの書き。
Chinomaサイトの「ちからのある言葉」、雑誌『Japanist』取材記事、保育園幼稚園関連の絵本など執筆。詩集『たったひとつが美しい』(神楽サロン出版)

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