コラム

もてなす

2021年7月10日

 日本の代名詞とも言われる「おもてなし」。相手を思いやり、慈しみの心でお迎えする。客人へのあたたかい心配りが「おもてなし」の基本ですが、一歩間違えると、心配りが過剰になったり、客人の言いなりになってしまうこともあります。

 そもそも「もてなし」の「もて」は動詞の上に置いて、対象を大切に扱ったり、意味を強め、語調をととのえる接頭語。だとすると、成すことへの思いのあわられとも言えそうですね。

 

 料理人にとっての「おもてなし」の極意は、「食べる人のことを思ってつくる」ことだと、料理研究家の土井善晴さんは著書『おいしいもののまわり』で語っています。

 しかし、それは「食べる人」が主役という意味ではなく、あくまでも料理人が主役であるということ。さらに言えば、土地の風土に育まれた食材、長い時間の中で洗練された最善の調理法など、料理の背景にあるものが主役。その主役を生かすために、脇役である料理人が腕をふるうのです。

 

―― 食べる人を愛して、その人の健康を願って料理する。料理をつくる人は、自分の都合で料理するのではない。たとえ戦地にあっても、子供の手を引いて、大切な鍋をかぶって逃げるのだ。どんな状況であっても、なにか食べさせなければならない。……料理をつくる人が食文化を担っている。
 
 大切に扱い守っていくことが「もてなし」ならば、もてなす相手は誰なのか。子供なのか、老人なのか。健康な人か、病を抱えている人なのか。暑いのか、寒いのか。季節は? 気候は? いつ、どこで、どんなものを生かすのか……。
 生命の営みをつぶさに見れば、「もてなす」ことの核心に触れられるような気がします。
(210710 第92回)

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