コラム

踏青

2021年4月25日

「踏青(とうせい)」とは、文字どおり青きを踏む。春先の萌え出た青草を踏んで野山を歩き遊ぶことですが、「野遊び」と書くのとは趣がちがい、踏青とすれば、素足からじかにやわらかな草の感触が伝わってくるような気がしませんか。春の季語になるのもうなずけます。

 

 もとは中国にあった風習。それが日本に伝わってきたとのこと。けれども芽吹いたばかりの若草の上で戯れるのは、おそらく他の国でも見られた光景だと思います。

 生命の息吹を感じる青い草に浮き立つのは、生き物の習性にちがいありません。
 踏みしめた青い草から立ちのぼる香りにも、苦味をもった瑞々しい若草の青さを感じます。
 

 青い香りで思い出すのは、清少納言が記した『枕草子』のある一節。5月のころに牛車で山里に出かけたときの光景です。
 草も葉も水も、一面すべてが真っ青に見えるところに薄く水が流れ、その上を従者が歩くたびに足元からぴちゃぴちゃ水が跳ね上がる。それがおもしろいと、清少納言は言うのです。さらに、
 
 ―― 蓬の、車に押しひしがれたりけるが、輪のまわりたるに、近ううちかかへたるもをかし。
 
 牛車が蓬を踏んだのでしょう。車輪が回るたびに、踏まれて押しつぶされた蓬の香りが駕籠の中まで立ち上ってくる。たしかにそれは、いい気分になるでしょうね。
 春から夏へ、季節の変わり目は心も体もゆらぎがち。それを知ってか知らずか、草木は青い香りで癒してくれます。

 良薬は口に苦し。若草を踏みしめれば、うつうつとした気分もすっきり爽快。清々しく晴れやかになることうけあいです。
(210425 第88回)

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