コラム

徒然

2021年3月27日

―― つれづれなるまゝに、日ぐらし硯に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとを そこはかとなく書き付くれば、あやしうこそ物狂ほしけれ
 
 兼好法師の『徒然草(つれづれぐさ)』、序文冒頭の「つれづれなるまゝに」は有名ですね。日常のふとした瞬間に、つい口ずさんでしまいそうな「つれづれ」は「徒然(とぜん)」とも言い、とくべつ何もすることがなく退屈で、手持ちぶさたな様子のことを表しています。

 

「つれづれなるまゝに」と前置きをして、孤独のなかでの物思いを書き残した兼好法師。それにならぶ随筆の名手といえば、『方丈記』の鴨長明と『枕草子』の清少納言。

 なかでも清少納言は紫式部同様、才知にすぐれ、平安時代当時の女性としては稀にみる博識で物怖じしない、はっきりものをいう元祖ワーキングウーマンです。

 

 翻って近現代は、文才によらず才能あふれる女性たちが数多く活躍していますが、とりわけ家庭をあずかる主婦たちの、知恵を生かした家仕事がそのまま仕事になるのも喜ばしいかぎりです。
 
―― ペーパークラフトという言葉も、今では耳新しくもございませんが、祖母や母たちは、ずっと昔から紙をさまざまにたたんで、日常生活のなかに、女らしい楽しみと、喜びをもっていたようでございます。……折り鶴のお正月の祝儀袋、針箱の中の絹のぬき糸を入れてあった、たたんだ紙の糸入れ……。
 折り鶴のたとうは、幸い西ドイツのどこでも好評で、喜ばれたことでございました。
 ……私は夜のつれづれに二枚はり合わせた和紙で、この袋をたたんでおります。
 
 明治生まれの料理家、佐藤雅子さんの料理エッセイ集『季節のうた』には、主婦がつれづれに生み出した手仕事が、品のある美しい言葉で綴られています。「折る」を「たたむ」というのも、孤独な作業をとくべつ丁寧な手仕事に変えているようにも思えます。
 日々のあれこれが楽しみに変わる。兼好法師がそうであるように、つれづれなるまゝに、ふと思いついたことが生涯のライフワークになることもあるようです。
(210327 第86回)

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