コラム

驟雨

2021年2月9日

 驟雨(しゅうう)とは、急に降りだす雨、にわか雨のことです。「馬」篇に、あつまるという意味の「聚」がついて「驟」。たくさんの馬が走り去ってゆくような雨の様子が浮かびます。

 日本語には自然をあらわす言葉が数多くありますが、雨もそのひとつ。驟雨は夏に多い、少し強さのあるにわか雨。しとしとと静かに降る春雨とはちがい、あっという間に過ぎ去ります。ただ、春驟雨という言葉もあることを思えば、自然の妙を感じますね。

 

――  そのとき、彼の眼に、異様な光景が映ってきた。
  道路の向こう側に植えられている一本の贋アカシヤから、そのすべての枝から、夥しい葉が一斉に離れ落ちているのだ。風はなく、梢の細い枝もすこしも揺れていない。葉の色はまだ緑をとどめている。それなのに、はげしい落葉である。それは、まるで緑いろの驟雨であった。
 
 作家、吉行淳之介の『驟雨』の中の一場面です。想いを寄せる娼婦と朝の喫茶店でくつろぐ主人公。ふと窓の外に目をやると、緑葉が散っている。少しずつ時間をかけて散ってゆくはずの葉が、一瞬のうちに散ってしまったことに、主人公は驚きと言いようのない寂しさを感じたのです。なぜか、紀貫之の詠んだ春の歌と重りました。
 
―― ひさかたの 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ
(日の光がのどかに輝いている春の日に、なぜ、あわただしく花は散るのだろうか)
 
 人の心も自然の意思も、人の思うままにはいかないということでしょう。それでも人は人を想い、自然を愛でることをやめません。足早に去ってゆけばゆくほど時のきらめきは忘れがたく、記憶に刻まれてゆくのかもしれませんね。
(210209 第83回)

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