コラム

空薫

2021年1月22日

 香道の世界ではよく知られている言葉でしょう。空が薫ると書いて「空薫(そらた(だ)き)」。香を焚いて室内に香りをゆきわたらせることです。
 平安時代、宮中では香はたしなみのひとつとされていました。自身のためはもちろん、訪れる人のためにあらかじめ香を焚いて部屋を香りで満たしたり、その香りを衣にたきしめて演出したり。宮廷人にとって香りをまとうことは、一種のステイタスだったのです。

 

 薫といえば、『源氏物語』に登場する「薫の君」は有名です。生まれながら芳しい香りを身にまとっていたことでそう呼ばれるようになったそうですが、たしかに人にはそれぞれ匂いはあるもの。
「匂うような人」といえば、内面の美しさが自然に湧き上がってくるような魅力的な人。いい気に満ちた人とも言えるでしょう。薫物でなくとも、その人がいるだけで空薫されたように、あたり一面いい香り(気)に満ち溢れます。
 
―― 梅の花 立ち寄るばかり ありしより 人のとがむる 香にぞしみける(『新古今和歌集』よみ人知らず)

(梅の花を見ようと、ちょっと傍によっただけなのに、その香りが袖に移って恋人から「誰と会っていたの」と咎められてしまった)
 
 匂やかな人との逢瀬だと勘違いされたのでしょうか。薫習という言葉があるように、香りは色とおなじ、善くも悪くも傍にいるだけで移り香となって染まります。
 そうであるなら、できるだけいい香りをまといたいものですね。空間がいい香りで満たされるためにも、内面を磨いて自らが薫香になるというのもいいかもしれません。
(210122 第82回)

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