美しい日本のことば

うつし世

2020年12月25日

 うつし世とは、生きている世界、現世のことです。周知の通り「現」とは「うつつ」、夢と現実を対比した「ゆめかうつつか」という表現はよく知られています。

 有名なのは『古今和歌集』にある歌、「世の中は 夢かうつつか うつつとも 夢とも知らず ありてなければ」でしょうか。この世は現実なのか夢なのかわからないと、古人も現代人と変わらない感覚をおぼえていたようです。
 うつつを「うつし世」と捉えれば、さらに現実が幻のようにも思えませんか。明智小五郎や怪人二十面相を生み出した推理小説の名手、江戸川乱歩も、
 

 ―― うつし世はゆめ 夜の夢こそまこと
 

 と言い遺しています。もしかすると彼は架空の世界に現実を見ていたのかもしれませんね。

 

 ところで、うつし世の反対は夢ではなく「隠り世」、あの世(黄泉の国)のことです。
 この世がうつし世(現世)で、あの世が「隠り世」ということは、なにが現れ、なにが隠れているのか。身分の高い人が亡くなったときの「お隠れになる」という言葉が、それを表しています。
 そう、霊魂です。隠り世は霊魂が隠れる、うつし世は現れる場所。つまり、肉体は滅んでも霊魂は不滅であり、あの世とこの世を行ったり来たりしているということでしょう。
 だとすれば、うつし世であるこの世界は、やっぱり魂たちが夢に描いた世界なのでしょうか。なんとも摩訶不思議な世界です。
(201225 第81回 画:池大雅「Fishing in Springtime」)

著者:神谷真理子

兵庫県姫路市出身。もの書き。
Chinomaサイトの「ちからのある言葉」、雑誌『Japanist』取材記事、保育園幼稚園関連の絵本など執筆。詩集『たったひとつが美しい』(神楽サロン出版)

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