コラム

身に入む

2020年10月11日

 秋の季語にある「身に入む」、「入」を「し」と読ませて「身にしむ」です。 

 五感で受け止めた風や光、香りなどを身内で深く感じる心を「身に入む」と言い表せば、なるほどそのとおり。目に見えぬものが身内に入り込んで心身を絡め取る。その瞬間、なにかに取り憑かれたような感覚をおぼえます。それが言葉であれば、なおさらでしょう。

 

 ――  佇めば身にしむ水のひかりかな

 と歌った久保田万太郎は水の光に、

 

 ――  身にしむやほろりとさめし庭の風

 と歌った室生犀星は秋風でしょうか。

 

 野ざらしになる覚悟で旅立った松尾芭蕉の身にも、秋風はその心を試すかのように深く入り込んでいったようです。

 

 ――  野ざらしを心に風のしむ身かな

 

 これから待ち受ける艱難を感じたのかもしれませんね。

 

 画紙に色水が染み込むように、心身に深くしみこんだものは、そう簡単に消せるものではありません。たとえ一時わすれたとしても、なにかの拍子に深い底から浮き上がってきます。それはかつて肌をなでていった風かもしれないし、全身を包み込んだ香りかもしない。音や色であることも・・・。

 

 人は身に入みたものでできているとするなら、いつも以上に感受性が高まり身に入むことが多いときはもしかすると、自分のなかの何かが変わろうとしているときなのかもしれませんね。

(201011 第77回)

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