美しい日本のことば

虫時雨

2020年9月27日

 時の雨と書いて「しぐれ」。降ったり止んだり、時のまにまに降る雨のことを言いますが、日本人の耳にはどうやら、しきりに鳴く虫の声も雨の音に聞こえるようです。

 欧米人にはただの雑音としか聞こえないという虫の音。しかし私たち日本人は、古来より夏は蝉時雨といい、秋には虫時雨といいながら、虫の美声を愛でてきました。とりわけ虫の声が美しく耳に響くのは、暑さもやわらぐ秋の頃でしょうか。

 

  あれ松虫が 鳴いている

  ちんちろ ちんちろ ちんちろりん

        あれ鈴虫も 鳴きだした

        りんりんりんりん りいんりん

        秋の夜長を 鳴き通す

        ああおもしろい 虫のこえ

 

 童謡「虫のこえ」が歌い継がれているのも、日本人に虫の音を愛でる感性が息づいているからでしょう。

 

 耳に虫時雨ならば、口には「しぐれ煮」が美味しい秋です。今は牛肉などを生姜入りで佃煮にしたものをそう言いますが、かつては旬のハマグリをさっと煎り煮したものを「しぐれ煮」と呼びました。命名したのは芭蕉の高弟だった各務支考(かがみしこう)。こんな歌も謳っています。

 

 ―― 食堂(じきどう)に 雀鳴くなり 夕時雨

 

 支考のお腹はしきりに時雨が鳴り響いていたのかもそれませんね。秋はお腹の虫も騒がしい季節です。美声に美味に酔いしれたいところですが、くれぐれも食べ過ぎにはご注意を。

(200927 第76回 画:谷文晁『秋草と虫図』)

著者:神谷真理子

兵庫県姫路市出身。もの書き。
Chinomaサイトの「ちからのある言葉」、雑誌『Japanist』取材記事、保育園幼稚園関連の絵本など執筆。詩集『たったひとつが美しい』(神楽サロン出版)

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