美しい日本のことば

草いきれ

2020年8月4日

 夏草の生い茂る炎天下では、熱気ととともにむせ返るほど草が香ります。これが「草いきれ」。草も暑さでほうっと溜め息を漏らしているのでしょうか。いつだったか、山に登っている最中、登山道の刈られたばかりの草いきれにおののいたことがあります。まるで草たちの屍の上を歩いているような恐ろしさ。生々しい草の血潮があたり一面、立ち込めているようでした。

 草刈りのあとの青い匂いはかぐわしい反面、草の最期の吐息ではないかと切なくもなります。

 

―― 草いきれ人死に居ると札の立つ(与謝蕪村)

 

 草むす中にいた蕪村の前に訃報を示す立て札があったのでしょう。暑さにやられたのか、それとも病死かなにか。うっそうと茂る草むらに立つ札は、まるでその下に屍が眠っているのではと思わせます。

 人の死を伝える悲しい立て札。しかし、そこが荒涼とした地ではなかっただけ、なぜかほっと安らかな気持ちにもなります。

 人も草もいきものはみんな、やがて大地に還ってゆく。むせ返る草の息に、命の循環を感じます。

(200804 第74回 絵:岩井綾女『呼ぶ声』)

著者:神谷真理子

兵庫県姫路市出身。もの書き。
Chinomaサイトの「ちからのある言葉」、雑誌『Japanist』取材記事、保育園幼稚園関連の絵本など執筆。詩集『たったひとつが美しい』(神楽サロン出版)

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