コラム

あはれ

2019年12月11日

――恋せずば人は心も無らまし 物のあはれも是よりぞしる(藤原俊成)

 

 本居宣長は、知人からこの歌の「あはれ」の意味を問われ、あらためて「あはれ」の意味を考えたと著書『安波礼弁』に記しています。

 

「これまで、たびたび目にも耳にも聞こえていた「あはれ」だが、はて、なんと説明したものか・・・」

 

 宣長は考えました。よくよく考えてみると、これほど奥深く、また情緒というものを端的に表した言葉はないことに気づきます。

 神代より今に伝わる和歌はもちろん、「伊勢物語」「源氏物語」などの物語を紐解けば、「あはれ」という一本の糸で連なっていたことがわかったと。

 

「あはれ」を「哀れ」と書くと、悲しみのことかと思うでしょう。しかし、「あはれ」というのは悲しみだけではない。喜びも楽しみも、人が感じるものはすべて「あはれ」。心が感じて動く情感こそが「あはれ」なのです。

 

―― 世の中にありとしある事のさまざまを、目に見るにつけ耳に聞くにつけ、身に触るゝにつけて、その万の事を心に味ひて、その万の事の心にわきまへ知る、これ、事の心を知るなり、物の心を知るなり、物の哀れを知るなり。

 

 恋をすると、喜びも楽しさも悲しみも、そして怒りも、人間の感情すべてを味わい尽くすことができる。初めて出会う相手、知らなかった自分自身との対面に驚きます。それこそが、もののあはれ。人に、物に、芸術文化、思想哲学、何かに夢中になるのは恋をするのと同じこと。人は「あはれ」を体験するために、この世に生まれてくるのかもしれません。

(191211 第59回)

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