コラム

あいろ

2019年5月20日

「文」と「色」で「あいろ」。模様のことです。もともと模様の意味を持つ「文」に色を合わせて「文色」。ものの形そのものも、こう言うのだそう。
 

 文字や文章などのように、目に見えるものの奥にあるのは作者の心のあいろでしょうか。形はあれどおぼろげで、受け手や状況によってさまざまな色に変化します。物語の奥深くにある作者の心情を読み解くのは、そう簡単ではありませんね。
 
 ― あたり一面にわかに薄暗くなりだして、瞬く間に物のあいろも見えなくなり、樺の木立も降り積もったままで まだ日の眼に逢はぬ雪のように、白くおぼろに霞む……。
 
 ツルゲーネフの「あいびき」の一文です。今まで見えていたものが、影を潜めて見えなくなる様子を「あいろ」とした訳者の二葉亭四迷の感性はさすが。目の前に、薄暗い森閑としたロシアの美しい樺の林が広がるようです。
 
 当たり前にあったものも、失って初めてそのものの存在が浮き立つように、ものの形とは、あってないようなもの。見ているようで見えていないのかもしれません。
 

 刻々と色を変え、形を変えてうつりゆく季節のあいろ。その一瞬の自然の姿を、絵画や音楽、文学などの芸術に昇華したいと思うのも、なんとなくわかる気がします。
(190520 第45回)

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