美しい日本のことば

夢見鳥

2019年3月21日

 夢見鳥(ゆめみどり)とは、蝶の異名です。ひらひらと舞う様子は、たしかに小鳥が飛んでいるようにも見えますね。

 

「夢」に「蝶」と言えば、老荘思想で知られる荘子の『胡蝶の夢』。夢見鳥は、もうひとつの異名「夢虫」と併せて、その故事から生まれました。
 

 うとうとと居眠りをしていた荘子は、蝶になって自由に空を舞う夢を見ます。そして、目覚めた荘子は思います。

 

「はてさて、さっきまで蝶になって飛んでいたのは夢だったのか。それとも、今ここにいる自分こそ、蝶が見ている夢なのか」
 

 あまりの気持ち良さに、夢と現実がわからなくなる。ともすると、危うい状態にも思える胡蝶の夢。けれど、夢が現実になることは、決してありえないことではありません。

 

 旧暦の3月(新暦4月)を「夢見月(ゆめみづき)」と、桜を「夢見草(ゆめみぐさ)」という異称で呼んだ先人たちはきっと、はかなく散ってゆく桜の季節と、夢のはかなさを重ねたのでしょう。 

 

ー 世の中は 夢かうつつか うつつとも 夢とも知らず ありてなければ(『古今和歌集』よみ人知らず)

 

 この世は夢か現実かわからない。あるようでない現実の世界……。

 

 たった一度きりの、はかない夢のような一生だからこそ、人は夢を見るのかもしれません。

 新生活がはじまる春。夢見鳥のように、陽だまりの中へ羽ばたいていきたいものです。

(190321 第37回)

著者:神谷真理子

兵庫県姫路市出身。もの書き。
Chinomaサイトの「ちからのある言葉」、雑誌『Japanist』取材記事、保育園幼稚園関連の絵本など執筆。詩集『たったひとつが美しい』(神楽サロン出版)

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