コラム

山笑う

2019年3月12日

 春。山がいっせいに笑い始めます。厳しい冬を乗り越え、ようやく訪れたあたたかい風がうれしいのでしょうか。 

 深い深い眠りから目覚めた、植物たちの芽吹きの春。その山の様子を「山笑う」と言います。

 生まれたばかりの若葉や花々の色は、ほんのりと淡く、やわらかい。大笑いというより、恥ずかしそうにクスクス笑っているようです。しばらくすると、元気な笑い声が聞こえてきそう。

 

–     春山淡冶にして笑うが如く、夏山蒼翠にして滴るが如く、秋山明浄にして粧うが如く、冬山惨淡として眠るが如く

 

 北宋の山水画家、郭熙の『臥遊録』のこの一節がもとになっています。

 春の山が「山笑う」であるのに対し、夏の山は「山滴る」、秋は「山粧(よそお)う」、冬は「山眠る」なのだとか。威厳ある山も、ほんとうは表情豊かなんですね。

 

 妻の父親を「岳父(がくふ)」と言うように、どっしりと単坐し、聳え立つ山は父親に例えられます。

 無口で何を考えているのかわからない。けれど、黙々と働き家族を守ってくれている。無言の背中は、ときに厳しく、ときに優しく、言葉以上に語りかけてきます。

 愚直で不器用なかたい父親の背中も、あたたかい家族の笑顔に、やわらかくほぐされていくのではないでしょうか。
(190312  第35回)

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