コラム

立待月

2019年2月22日

 縁側や戸口に立って、今か今かと待ちわびたあとにようやく姿を見せる、立待月(たちまちづき)。満月の夜のあと、少しひかえめに影をさして出てきます。

 陰暦17日の月を、とくに、陰暦8月17日の月やその夜のことをそう呼ぶのだそう。

 季語で言えば秋になりますが、月をながめるのは季節問わずいいものです。夜もふけた帰り道、月が見守りつきしたがってくれるのは、なんともありがたく心強いもの。

 

ー 古き沼 立待月を あげにけり 
 

 歌人、富安風生は、山中湖畔の山荘から立待月を望んだのでしょうか。湖畔から立ち上がる月が目に浮かびます。

 

 古来より、月は占星術に使われ、月の満ち欠けにより、運命をはかっていました。東洋では「易」の八卦がそれにあたります。

 また、洋の東西を問わず、月には不思議な力があるとされ、新月伐採によって切られた木は虫もつかず丈夫で長持ちするのだそう。かの法隆寺も、このときの木を使っているそうです。

 

 満月はもちろん、立待月も新月も、満ち欠けはあっても同じ月。

 人の心も満ちたり欠けたり、毎日くるくる変わります。

 だけど、見上げてみてください。

 どんな暗夜であろうと、影となり、光となって、月はいつも天から見守ってくれています。

(190222 第33回)

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