コラム

玉響

2018年11月4日

 美しい宝玉がふれあい、かすかな音を響かせる。そのほんのつかの間をたとえた言葉が、玉響(たまゆら)です。最初にそう捉えたのは、歌聖、柿本人麻呂。『万葉集』にこうあります。

 

−     玉響(たまとよ)む きのふの夕(ゆふべ)見しものを けふの朝(あした)に恋ふべきものか
(昨夜、ほんのわずかなひととき。お会いして愛を交わしたあなたなのに、一夜明けた今も忘れられず、恋に落ちてしまいました)

 

 このときの「玉響」は「たまとよ」と原文のままに訳してありますが、他に「たまかぎる」「たまさかに」「まさやかに」などと読まれることもあるそうです。
 ちなみに、近年では写真に写りこむ光の玉のことも「玉響」(オーブ)と呼ぶのだとか。
 けれど、

 

 −玉響(たまゆら)の 露も涙もとどまらず 亡き人こふる 宿の秋風

 

 と、亡き母を偲んで詠った藤原定家の「たまゆら」ほど、美しい響はないように思います。
 つかの間もとどまっていない露の玉と涙の玉。ぽとりぽとりと落ちてゆく玉の響がかすかに聞こえてくるようです。
(20181104 第13回)

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