コラム

枯山水

2018年10月17日

 白砂の上に、あたかも水が流れているかのように砂紋をつけ、大小さまざまな石を置いて山水を表現した日本庭園のひとつが枯山水。
 室町時代に日本最古の庭園書と言われる『作庭記』にその名が登場したのが始まりでした。

 

「池もなく遺水もなき所に、石をたつる事あり。これを枯山水となづく」
 

 そして、座禅や瞑想の場にふさわしいと、禅寺を中心に広がったのです。

 ひっそりと静まり返った庭園に、見えない水の流れや音を感じるのは目でも耳でもありません。見えないものを見、聞こえないものを聞こうとするのは人の心。 
 波たつ心を鎮め、ただ座ることに集中し、心の内を見つめることで見えてくるもの。それは、すべてのものは、ただここに生かされているという事実でしょうか。

 無のなかにある有を、有のなかにある無を見る。それが枯山水なのかもしれませんね。
(20181017 第7回)

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