美しい日本のことば

月の雫

2022年9月14日

―― 月のごと大きな玉の露一つ (高浜虚子)

 

 夜空に浮かんだ満月が、大きな露玉に見えたのでしょう。

 露は別名「月の雫」。夜の気配の残るしっとりとした朝。草や葉のうえできらきら光る円い露は、あまりに清らかで、夜のうちに月がおとしていった雫だとしても不思議ではありません。むしろそのほうが、ぴったり。陽が高くなりはじめると消えてゆく露の儚さが、いっそう美しさを際立たせ、しずかに闇夜を照らす月の奥ゆかしさと重なります。

 

 露が月の雫ならば、その雫が咲かせたような花が露草。古名を「月草」といいます。花を布などにすりこむと色がつくことから「着き草」と呼ばれ、その読みから「月草」に。

 

―― 世の中の人の心は月草の うつろひやすき色にぞありける (『古今和歌集』詠み人しらず)

 

 露草の色は染まってもすぐに消えてしまうそうで、その儚さゆえ、むかしから恋心や生命、人のこころにたとえられてきました。ちなみに、露草は「蛍草」の異名もあります。儚いものは、愛おしく、うつくしいドラマが生まれるのでしょう。

 だとしたら、月の雫は古のひとびとの涙かもしれませんね。朝露にぬれた露草を見れば、かつて同じように月を眺めていたであろう、いまは亡き人たちのこころと触れ合うような気がします。

(220913 第118回 絵:酒井抱一『月に秋草図屏風』)

著者:神谷真理子

兵庫県姫路市出身。もの書き。
Chinomaサイトの「ちからのある言葉」、雑誌『Japanist』取材記事、保育園幼稚園関連の絵本など執筆。詩集『たったひとつが美しい』(神楽サロン出版)

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