美しい日本のことば

薄氷

2022年2月27日

 あたたかな春の気配を感じながらも、肌に冷たい風が残る早春の朝、思いがけず氷の貼った面に出くわすことがあります。

 うっすらと下方を浮きあがらせて朝日にきらめく春の氷、「薄氷(うすらい)」です。

 かつては冬の季語だったようですが、冬から春に移ろうころに見かけることが多かったのでしょう、近代以降、春の季語となりました。

 凍ついた大地や水がゆるめば、草は芽吹き、虫も魚も顔をだしたくなるものですが……

 

――薄氷の裏を舐めては魚沈む(西東三鬼)
 
 透きとおる氷にうっかり騙された魚のしょんぼりした顔が目に浮かぶようです。

 待ちに待った春の陽気も、いったりきたりと気はそぞろ。それでも朝の光は、一日一日と早く空たかく昇りきて、そのあたたかな手のひらで地上をあたため、わずかに残る薄氷を解かしてくれます。

 

――春知れと 谷の細水 洩りぞくる 岩間の氷 ひま絶えにけり(西行)

 

 雪解けに流れる水の清らかさは、西行のみたそれと今もさほど変わりはないと思います。きっと西行がそうであったように、人の心にわずかに残った薄氷もまた、春のぬくもりに清い流れを取り戻すのではないでしょうか。
(220226 第106回)

著者:神谷真理子

兵庫県姫路市出身。もの書き。
Chinomaサイトの「ちからのある言葉」、雑誌『Japanist』取材記事、保育園幼稚園関連の絵本など執筆。詩集『たったひとつが美しい』(神楽サロン出版)

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