美しい日本のことば

万緑

2023年5月15日

 目に青葉山ほととぎす初鰹……と、思わず口づさんでしまう初夏。字面からも、なんとなく想像がつくでしょう。見わたすかぎり青々と緑が生い茂った景色が「万緑」です。

 実際に眺めれば、その景色を万緑とした理由がわかります。緑といっても、ひと色ではない。黄色っぽい緑、青色がかった緑、淡い緑、濃い緑など、植物それぞれの色があります。万緑万色…とでも言いましょうか。

 さてそうなると、万緑から遠く古の景色が立ち現れるような気がします。万葉の時代のことです。

 

 ――青旗の木幡の上をかよふとは目には見れども直(ただ)に逢わぬかも

 

「木幡のあたりの青々とした樹々の木末を、あの人の魂が天翔けていらっしゃる」と、天智天皇が御隠れになられるか否かという時に、妃の倭大后はこの歌を詠みました。飛んでいる魂は見えるけれども、その手に直に触れることはもうないのですね、と寂しさを吐露しています。

 

 古びとたちの思いが詰まった『万葉集』。今と昔をつなぐ万雷の言の葉。万緑の風にのって、死者たちの歌声が聞こえてきそうです。

 (230515 第125回)

著者:神谷真理子

兵庫県姫路市出身。もの書き。
Chinomaサイトの「ちからのある言葉」、雑誌『Japanist』取材記事、保育園幼稚園関連の絵本など執筆。詩集『たったひとつが美しい』(神楽サロン出版)

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